FC2ブログ


タイトル画像

善意のすれ違い

2011.08.16(22:17) 488

次のような記事がありました。

善意のすれ違い 香山リカのココロの万華鏡 2011年8月16日 提供:毎日新聞社〔都内版〕

香山リカのココロの万華鏡:善意のすれ違い

 大震災以降、私たちはさまざまな「善意」を目にしてきたが、同時に「善意のすれ違い」に傷ついた人も多い。

 「京都五山送り火」の問題だってそうだろう。
被災した松を伝統の送り火に、と当初、計画した人にも、
それに応じて松を薪として提供した人にも、
「子どもへの影響が心配」と声を上げた人にも、誰にも悪意などあるわけはない。
それなのに、結果的にはその気持ちが行き違い、
二転三転した後に計画は中止となって、みんながとても後味の悪い思いをすることになった。

 私たちの日常生活でも、相手によかれと思ってしたことが悪い結果を招くことがある。
そうなると、意地悪でそうしたときより何倍も、相手も自分も傷ついてしまう。
「どうしてうまくいかなかったんだろう?」
「あの人が親切からこうしたのはわかるんだけど、でも許せない」と、
いつまでも引きずってしまう場合もある。

 こういうときは、ものごとをあまり深く考えずに、
「もとは善意だったんだ」というところにだけ目を向けるようにするしかないだろう。
「私のために、と思ってくれたことは事実なんだ」
「何かしてあげたい、という自分の気持ちにウソはなかった」と、いつも基本に立ち返る。

 そして、善意の行き違いが起きた同士は、なるべくそこで終わりにしないで、
「次はこうしてね」といつか関係修復の機会を作るほうがよいと思う。
人間関係で気まずいことが起きてしまった場合は、
新しい良い経験をすることで上書きして消すのが、いちばん効果的だからだ。
ただ、それには時間をかける必要がある。

 京都市と岩手県陸前高田市も、
いつか「こうしてください」「はい、ぜひともそうさせて」と善意の思いがかみ合って、
お互い納得いく形で何かができればいいのだが。
「もう二度とかかわりたくない」ではなくて、ぜひ「今度こそ」とあきらめずにかかわりを続けてほしい。

640P4201004100分の1秒
払沢の滝 100分の1秒
スポンサーサイト



りんむうフォトダイアリー



身辺雑感 トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
2011年08月16日
  1. 善意のすれ違い(08/16)