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「かさじぞう」になろう 香山リカのココロの万華鏡

2016.03.22(22:18) 1125

次のような記事がありました。

「かさじぞう」になろう 香山リカのココロの万華鏡
その他 2016年3月22日 (火)配信毎日新聞社
香山リカのココロの万華鏡:「かさじぞう」になろう /東京

 「どんな性格の人が心の病になりやすいですか」という質問をよく受ける。正しく答えるならば「どんな人でもなります」だろう。気が強い人、意地悪な人でも、うつ病などになるときはなる。

 ただ、診察室にいると「やさしい人やおとなしい人が多いな」という気はする。つらくて病院に来ているのに「先生、顔色がよくないけれど疲れてませんか?」と気づかってくれる人も少なくない。やさしい人はそうやって、「自分よりまわりの誰か」のために心を砕き、無理をしてでも何かをしてあげて、そしてエネルギーを使い果たしてしまうのかもしれない。

 「では、やさしいというのは短所なのだろうか。結局、自分のことしか考えない人のほうが得をするのだろうか」とときどき悩んでしまう。たしかに、何があっても「悪いのは私じゃない」と開き直り、自分を棚に上げてまわりの人を責めてばかりいれば、自分を責めたり気疲れをしたりすることはなさそう。

 とはいえ、そうやってみんなが「自分さえよければよい」とばかりに自分勝手に振る舞う社会に住みたいかと言われれば、誰もが「それはいやだ」と言うだろう。「お先にどうぞ」と道をゆずり合い、疲れていてもときには「私は平気」とにっこり笑って心配をかけないようにする。「いまこの人は元気かな」と目の前にいる人の様子をさぐってみる。そんなちょっとした気づかいや遠慮、やせがまんがあってこそ、世の中はなんとかうまく穏やかさを保っているのではないだろうか。

 では、どうすればそんなやさしい人が傷ついたり、遠慮深い人が疲れて倒れたりするのを防ぐことができるのか。私はやはり、その人たちの思いやりに誰かが気づき、「ありがとう」「無理しすぎないでね」と声をかけてあげることではないかと思うのだ。ところがいまは、誰もが自分のことで精いっぱい、やさしすぎる人がいたとしても見て見ぬふりをして踏み台にする人さえ少なくない。

 むかし話なら、「かさじぞう」のようにやさしい人はいつか報われる。現代の世の中に「あなたのやさしさを見ていましたよ」と言って、贈りものなどをしてくれる誰かはいるだろうか。せめて診察室の「かさじぞう」になりたい、と思っているが、来る人たちはすでに疲れすぎてうつ病などになっているのが残念だ。「あなたのやさしさ、知っていますよ」と誰かに声をかけてあげる「かさじぞう」に、あなたもなってほしい。(精神科医)

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2016年03月22日
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