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「人の役に立ちたい」 同級生の死、がん分野へ 本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大特別教授

2018.10.03(22:05) 1581

 次のような記事がありました。

「人の役に立ちたい」 同級生の死、がん分野へ
その他 2018年10月2日 (火)配信共同通信社
 医学を志したのは「多くの人の役に立ちたかったから」。タンパク質「PD1」により、がん免疫療法の発展に貢献し、ノーベル医学生理学賞の受賞が決まった本庶佑(ほんじょ・たすく)京都大特別教授(76)。同級生をがんで失ったことを機に取り組むことになった分野で、新しい治療の道を切り開いた。

 生まれは京都市。父親の仕事の関係で少年時代を山口県宇部市で過ごした。活発なガキ大将だったが、望遠鏡で土星の輪を見たり、伝記を読んだりするのは好きだった。

 外交官、弁護士、医師、何になるか悩んだ末、京大医学部と大学院に進学した。大学時代に同級生が胃がんで亡くなり、「いつかはがんの問題に関われたら良い」と考えるようになった。

 1971年に渡米し、カーネギー研究所発生学部門の研究員に。最先端の遺伝子研究に携わり、出会った研究者の影響を受け免疫学を選んだ。米国立衛生研究所や東京大医学部助手を経て、79年に37歳という若さで大阪大の教授になり世間の注目を集め、京大に戻ってきた。

 92年、本庶さんの研究室の一員だった石田靖雅(いしだ・やすまさ)さん(57)=現・奈良先端科学技術大学院大准教授=が免疫反応の中での細胞死に関与する物質を探していて、タンパク質「PD1」を発見した。「どんな機能を持っているのかも不明だった」

 後に、抗体に詳しい湊長博(みなと・ながひろ)さん(67)=現・京大副学長=が研究に加わり、動物実験などで、がん治療に効果があることが判明した。

 製剤化は難航。「がんを免疫で治療できるなんて、みんなうそだと思っていた」。逆風の中、製薬会社へのアピールに全力を尽くした。当時の本庶さんについて、湊さんは「名声を得ることに興味があったわけではない。人に役立つ薬にする義務があると考えていたのだと思う」と話す。

 2006年、PD1に作用し、免疫細胞にがんを攻撃させる薬の臨床試験が始まり、成果が出たと報告があった。「非常にうれしかった」と本庶さんは振り返る。14年に新薬「オプジーボ」として承認、発売された。

 皮膚がんの一種、悪性黒色腫など一部の治療に使われているが、さまざまながんに効くと報告があり、使用範囲を広める準備が進められている。がん治療には手術、放射線療法、化学療法が知られていたが、免疫療法という4本目の新しい柱を築いたと評価される。

 趣味は、多忙な研究の合間に、旧友と楽しむゴルフ。また、節目には大好きなワインを購入している。自身の研究が発展すれば、「やがてがんは克服できるだろう」と希望を語る。患者の苦しみがなくなる日を心から願っている。

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りんむうフォトダイアリー



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