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香山リカのココロの万華鏡:最後に信じるのは自分 

2019.01.22(23:10) 1633

 次のような記事がありました。
2019年1月22日 (火)配信毎日新聞社

 ベテランの先生におもしろい話を聞いた。「家族が全員インフルエンザ。自分も寒気がして高熱が出てきた」とやって来た患者さんに「ああ、インフルエンザですね」と薬を出そうとしたら、「検査はしないのですか」と言われたというのだ。

 「症状や状況から考えて、インフルエンザにかかっていないとは思えないですよね」とそのドクターは笑っていた。私もそう思う。でも、いまは鼻の奥に綿棒を突っ込むあの検査がどこでもできるようになり、誰もが「検査で陽性が出て、初めてインフルエンザ」と思うようになってしまったのだろう。


 スマホでSNSを使っていてもそうだ。自分で「よく撮れたな」と思って写真を投稿しても、多くの人たちから「いいね」のボタンが押されるまで、本当に良い写真なのか、確信が持てない。50人から「いいね」がついて初めて、他の人にも「見て、この写真。なかなかすてきでしょう」などと自信を持って見せることができるようになる。我ながらおかしな話だな、と思う。


 検査で陽性が出るかどうかより、本人の症状や医者の経験のほうがまずは信用できるはず。SNSで多くの人から「いいね」がつくかどうかより、自分で「これはいい写真」「ぜひ伝えたい意見」と思えるほうが大切なはず。それなのにいつの間にか、私たちは「誰かからの承認」を求めるようになった。

 でも、いつもそういう「誰か」がいるわけではない。病気でも、周りに検査の設備などがなく、医者と患者で「こういう病気になっているかも」と考えて決めなければならない場面もある。

 絵や写真にしても、みんなが「これよりそっちのほうがいいよ」と言っても、「私が好きなのはこれ」と思うことはあるはずだ。もしかすると、周りの人たちに「それは違う」と言われても、「私はこうしたい」と自分の意見を主張しなければならないことだってあるかもしれない。

 誰かが「それで正解」「これでいいんですよ」と承認してくれなくても、私は私の思いを大切にしたい。いまの世の中、これは簡単なことではない。

 医者としてはもちろん検査などもきちんと行って、正しい診断をするようにするつもりだが、ひとりの人間として「最後に信じるのは自分」を忘れないようにしたい。そうは言いつつ、「外の天気は」と窓から空を見上げる前に、スマホで天気予報を調べてしまう私である。「自分で考える」のは本当にむずかしい。(精神科医)

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りんむうフォトダイアリー



健康 トラックバック(-) | コメント(2) | [EDIT]
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コメント
病気のときは、医者の言葉が重要ですね。一言で元気づけられることもあります
【2019/01/26 09:44】 | ヒューマン #OvPAfYak | [edit]
ヒューマンさん、ありがとうございます。
そうですね。医者の一言に元気づけられることが多くありますね。
高齢になるとなおさらです。
【2019/01/26 09:58】 | りんむう #834Ul4QE | [edit]
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