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半夏生の日

2014.07.02(06:00) 867

半夏生(はんげしょう)とは?どんな日を意味するの?
      「いい日本再発見」より
半夏生は「雑節」の1つです。
夏至の日から数えて11日目にあたる日
もしくは、その日から5日間をいいます。
月日でいうと、7月2日頃
もしくは7月2日頃から7日頃までになります。
夏至の日は、毎年同じではありませんから
半夏生の日(期間)も、それに合わせて変わります。
ちなみに・・・
2014(平成26)年の半夏生は7月2日(~7日)、
2015(平成27)年も同様に7月2日(~7日)です。

「雑節」は季節の目安となるものです。
半夏生は、
梅雨明け間近(地域によっては梅雨明けすぐ)の頃を示しています。
農業が中心だった頃の日本では
農家にとって半夏生は大切な節目の日でした。
「半夏半作」
 ※半夏以降の田植えは、はなはだしく収穫が減少する。という意味
という言葉があり
夏至の日以降、半夏生に入る前までに田植えを済ませていました。

半夏生にタコを食べる。
という風習は関西地方に根付いています。
田植えを終えたこの時期にタコを食べるという事には
•稲の根がタコの足のように四方八方にしっかりと根付きますように。
•稲穂がタコの足(吸盤)のように立派に実りますように。
という願いが込められていました。

半夏生鯖は、 半夏生の日に一匹丸ごと焼いた「焼き鯖」を
一人1本、家族全員が食べるという風習で
福井県(大野市を中心とした地域)に伝わるものです。
鯖といえば、秋鯖というほどで
脂がのっておいしい旬の時期は秋です。
旬の時期にはまだまだ早い半夏生の日に
焼き鯖を食べる風習が生まれたのには、こんな由来があります。

時は江戸時代、この地域が大野藩と呼ばれていた頃・・・
海沿いの四ケ浦に、飛び地の領地を持っていました。
この地では、鯖の水揚げが多く、
年貢として納められるほどでした。
当時の大野藩主は、漁村の年貢軽減と
田植えで疲れた農民の栄養補給のために
鯖を食べることを推奨する令書を発します。
すると、その令書を見た町の魚屋さんが
半夏生の日に焼いた鯖を売り出したのです。
農民にとって、魚は高価なものでしたが
この日ばかりは、家族分を買い求め食したそうです。
この事が時と共にに定着し、受け継がれ
現在も風習の1つとして根付いているのが半夏生鯖です。

半夏生にうどんを食べるという風習は
うどんで有名な香川県に根付いています。
普段からうどんを好んで食べている。
そんなイメージがある地域ではありますが
なぜ?半夏生の日にうどんを食べるのでしょう。
昔、むかし・・・
香川県の農村では、
麦の刈入れや田植えが終わる半夏生の頃
その年に収穫された麦を使ってうどんを打って
農作業を手伝ってくれた人達に振舞っていました。
この風習が時代を越えて脈々と受け継がれ、
風化することもなく、今もなお定着している。

というのが通説です。

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この植物の名前の由来は、半夏生(太陽の黄経が100°になる日。グレゴリオ暦で毎年7月2日頃)の頃に花を咲かせることに由来する説と、葉の一部を残して白く変化する様子から「半化粧」とする説がある。

また、葉の片面(表面)だけが白くなることから古くはカタシログサ(片白草)とも呼ばれている。

なお、生薬の「半夏(はんげ)」はカラスビシャクから採れるものであり本種とは関係がないが、本種と開花時期が重なることから名前の由来にかかわりがあるとする説もある。 ウィキペディアより

今年もちょうど半分が過ぎました。
この半年でいろいろなことがありました。早いような遅いような…。
今年やろうと思っていたことがまだ達成出来ていません。
あと半年で頑張ろう!



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